設備保全は、製造業のなかでもとりわけ属人化しやすい業務です。理由ははっきりしています。異常は毎日起きるものではなく、対応した経験そのものが希少だからです。この記事では、保全の何が引き継げていないのかを分解し、日常業務のなかで残していく方法を整理します。
保全が属人化する3つの理由
- 経験の総量が少ない:同じ故障が年に1回しか起きなければ、10年やっても経験は10回です。本人が経験した回数以上には、誰も追いつけません。
- 判断が感覚に紐づいている:音、振動、におい、温度。数値になっていない情報で判断していることが多く、言葉にしにくい領域です。
- 緊急時に教える余裕がない:異常が起きているとき、現場は復旧が最優先です。「なぜそう判断したか」を説明している場合ではありません。結果として、いちばん価値のある場面が毎回そのまま流れていきます。
残すべきは「直し方」ではなく「見極め方」
修理の手順そのものは、メーカーの資料や図面に書いてあることが多くあります。引き継げていないのは、その手前です。
- いつもと違うと気づく基準:何を、どこで、どのくらいの頻度で見ているか
- 止めるか、続けるかの線引き:どの状態なら生産を止めるのか
- 自分で対応するか、業者を呼ぶかの判断:ここが最も引き継がれていません
- 過去に実際に起きた故障と、そのときの手がかり
この4つは判断表の形にできます。「〈条件〉のときは〈対応〉する/〈理由〉」の3列で足ります。
異常が起きた日に、3行だけ書く
保全の記録が続かないのは、書く量が多いからです。復旧した直後、3行だけ書いてください。
- 何が起きたか:「◯号機、加工中に異音。寸法が0.05ずれた」
- 何を見て判断したか:ここが最重要です。「主軸まわりの音。前回の焼き付きと似ていた」
- どう対処し、どうなったか:「停止してベアリング交換。復旧2時間」
2行目が抜けている記録は、次に使えません。「何をしたか」だけでは、次の人が同じ症状に気づけないからです。
日常点検表を「使える」形にする
点検表があっても、○を付けるだけになっていることがあります。実測値を書く欄を作ると、まったく別の道具になります。
- ○×だけ:異常が起きた時点でしか分からない
- 実測値を残す:じわじわ上がっている、という変化が見える
すべての項目に値は要りません。徐々に進む異常——温度、圧力、電流、振動、動作時間——だけで十分です。作り方はチェックリストの作り方にまとめました。
「音で分かる」をどこまで残せるか
正直に書きます。音や振動の感覚そのものは、書いても動画にしても移せません。ここは反復の時間が要る領域です。
ただし、周辺は残せます。ベテランに次の4つを聞いてください。
- どの部位の音か(漠然と「機械の音」ではなく場所を特定する)
- いつから変わったか(急にか、じわじわか)
- そのとき同時に何を確認したか(音だけで決めていないことがほとんどです)
- どうなったら止めるか(線引き)
「音だけで判断している」と思っていても、実際は複数の手がかりを併せて見ていることが多くあります。その他の手がかりは言葉にできます。聞き出し方はベテランから暗黙知を引き出すヒアリングを参照してください。
音そのものは、正常時と異常時をスマホで録音して並べて残す方法もあります。完全ではありませんが、何もないよりは手がかりになります。
保守契約があっても、社内に残るもの
メーカーの保守契約があれば、定期点検と大きな修理は任せられます。ただし社内に残るのは次の部分です。
- 日常の異常検知:毎日見ているのは現場の人です
- 一次対応:止めるか、様子を見るか
- 呼ぶかどうかの判断:ここが属人化していると、呼ばずに壊すか、呼ばなくてよい場面で呼ぶかのどちらかが起きます
契約でカバーされない部分こそ、判断表にする価値があります。
何から始めるか
- 止まると一番困る設備を1台選ぶ:全設備を対象にしない
- 過去1年の故障を3〜5件、書き出してもらう:記録がなければ記憶からで構いません
- 各件について「何を見て、どう判断したか」を聞く:ここが本体です
- 判断表にする:条件・対応・理由の3列
- 次に異常が起きた日、3行だけ足す:これで表が育ちます
まとめ
- 保全が属人化するのは、経験の総量が少ない・判断が感覚に紐づく・緊急時に教える余裕がない、の3つ。
- 残すべきは直し方ではなく、気づく基準・止める線引き・業者を呼ぶ判断・過去の故障と手がかり。
- 異常が起きた日に3行。特に「何を見て判断したか」を落とさない。
- 点検表は○×ではなく実測値を残すと、徐々に進む異常が見える。
- 音の感覚そのものは移せないが、部位・変化の仕方・併せて見ているもの・線引きは言葉にできる。
「うちの保全、あの人しか分からない」という状態なら、まず設備を1台に絞り、次に異常が起きた日に3行書いてください。とくに「何を見て判断したか」は、その日のうちに残しておかないと思い出せなくなります。