事業承継と技術承継は、別のものです。事業承継は会社の経営権や資産を次の代に渡すこと。技術承継は、現場の仕事のやり方と判断を次の人に渡すことです。ところが実務では、事業承継の準備を進めた会社が、承継したあとに現場で止まることが起きます。この記事では、その理由と、両方を並行させる進め方を整理します。

なお、株式・税務・許認可・M&Aの条件に関わる判断は、税理士・弁護士・M&Aの専門家にご確認ください。この記事で扱うのは、現場の業務をどう渡すかという部分です。

2つの承継は、対象も相手も違う

事業承継技術承継
渡すもの経営権、株式、資産、取引関係仕事のやり方、判断の基準、例外への対処
渡す相手後継者(1人)現場の複数の人
関わる人税理士、弁護士、金融機関現場のベテランと若手
期間数年単位1業務あたり1か月〜

渡す相手が違うのが決定的です。事業承継は後継者1人に渡せば成立しますが、技術承継は現場の複数人に渡らないと意味がありません。

承継後に現場が止まる、よくある形

  • 社長以外のベテランが、同時期に抜ける:先代と年齢が近い社員は、同じ時期に定年を迎えます。承継の話は社長に集中しがちですが、実際に困るのはこちらであることが多いです。
  • 先代が持っていた取引先との関係が渡らない:なぜ買ってくれているのか、過去に何があったか。これは株式と一緒には渡りません。
  • 「先代なら判断できたこと」が判断できない:値引きの上限、特殊な仕様への対応可否、断るべき案件の見極め。
  • 後継者に質問が集中する:先代がやっていた判断が、そのまま後継者に流れ込みます。後継者は経営の仕事ができなくなります。

並行して進める順番

事業承継の準備が始まったら、技術承継は同時に始めてください。順番待ちにすると、間に合いません。

  1. 社長以外も含めて棚卸しする:「この人が抜けたら何が止まるか」を全員ぶん。業務の棚卸しの方法で構いません。
  2. 年齢と、代われる人の有無で並べる:あと数年で抜ける人が持っている、代わりのいない業務——ここが最優先です。
  3. 1業務ずつ形にする:手順、判断、例外。全部を一度にやらない。
  4. 取引先ごとの経緯を書き残す:これは先代にしか出せません。営業の顧客引き継ぎの項目が使えます。

後継者に、判断を集中させない

承継直後に起きやすいのが、先代への質問が、そのまま後継者に移ることです。後継者は現場の質問対応に追われ、経営の仕事に手が回らなくなります。

防ぐには、承継前に「聞かれること」を減らしておくしかありません。繰り返し聞かれることを書き出して社内FAQにする、判断の基準を判断表にする。地味ですが、これが後継者の時間を守ります。

M&Aで譲る場合も同じ

買い手にとって、特定の個人に依存した業務はリスクとして見られます。「この人が辞めたら回らない」状態が多いほど、引き継ぎの不確実性が上がるからです。

誰が抜けると何が止まるかを説明でき、主要な業務が形になっている状態は、説明できる材料になります。ただし、それが評価にどう反映されるかは案件ごとに異なるため、M&Aの専門家にご相談ください。

まとめ

  • 事業承継は経営権を後継者1人に、技術承継は仕事のやり方を現場の複数人に渡すもの。別物。
  • 承継後に困るのは、社長の技術より「社長以外のベテランが持っている業務」であることが多い。
  • 事業承継の準備が始まったら、技術承継は同時に始める。順番待ちにしない。
  • 承継前に「聞かれること」を減らしておかないと、質問が後継者に集中して経営の時間が消える。
  • 株式・税務・M&Aの条件は専門家へ。現場の業務は別に手当てする。

「承継の話は進んでいるが、現場の引き継ぎが手つかず」という状態からのご相談も承ります。まずは15分の適合確認で、最優先の1業務を決めるところから。