営業マニュアルを作っても、たいてい使われない
「営業のやり方をそろえたい」と考えて最初に作られるのが、トークスクリプトや商品説明の資料です。ところが配っても使われません。理由ははっきりしています。
営業で属人化しているのは、話し方ではなく判断だからです。
- この案件、見積を出す前に何を確認しておくべきか
- この仕様、技術部門に相談すべきか、自分で答えていいか
- この客先、前回なぜ失注したのか。今回どこを変えるのか
- この値引き要求、どこまでなら受けていいのか
これらはスクリプトに書かれていません。ベテランの頭の中にあります。だから新しく入った人は、話し方は真似できても案件を前に進められず、結局ベテランに聞くことになります。
製造業の営業マニュアルに入れる5つ
話し方の資料ではなく、判断が引き継げる形にするために、次の5つを書きます。
- 顧客ごとの経緯と関係者|いつ何を納めたか、過去にどんなトラブルがあったか、決裁は誰か、現場のキーマンは誰か。「なぜこの会社はうちを使い続けているのか」まで書けると、担当が変わっても関係が切れません
- 見積前に必ず確認する項目|ここが最重要です。仕様、数量、納期、現地の条件、搬入経路、既設との取り合い、工事の範囲。質問票の形にして標準化する方法は別の記事にまとめています
- 技術部門へ相談する条件|「判断に迷ったら相談」では基準になりません。「標準品から◯項目以上外れたら」「納期が◯週間を切ったら」のように、条件で書きます
- よくある断られ方と、そのあとの動き|「高い」「今は必要ない」「他社で決まっている」。それぞれに対して、その場で何を聞き、いつ次に接触するか。失注の理由を1行で残す習慣とセットにします
- 製品ごとの提案の型|どういう客先に、どの製品を、どんな理由で当てるか。ここだけは商品知識の話になります
私が引き継ぎで渡されたのは、顧客リスト一枚でした
水処理装置を扱う会社に入ったとき、引き継ぎ資料はほとんどありませんでした。渡されたのは顧客の一覧だけ。「この会社に、何年か前に、たぶんこの装置を納めた」——その程度の情報です。そのとき何をしたかは別の記事に書きましたが、当時いちばん困ったのは製品知識ではなく、「この客先に今どう入っていけばいいか分からない」ことでした。
経緯が残っていないと、初回訪問で相手に過去の話を聞くところから始まります。相手からすれば「また一から説明するのか」です。ここで信頼が目減りします。
逆に、経緯とトラブル履歴が残っていれば、初回から「前回の◯◯の件、その後いかがですか」と入れます。引き継ぎのうまさが、そのまま信頼になります。
作る順番(時間がないとき)
全顧客・全製品を対象にすると終わりません。次の順で、一つずつ埋めます。
- 見積前の確認項目|まずここ。1枚の質問票にする。抜けたときの損害が最も大きく、かつ最も具体的に書ける
- 技術部門へ相談する条件|次にここ。ベテランが無意識にやっている線引きを、数値と条件に置き換える
- 止まると一番困る顧客・案件を1件だけ|その1件について、経緯・関係者・トラブル履歴を書く。型ができたら、残りは同じ形で埋める
- 断られ方と提案の型は、上の3つが回り始めてからで構いません
「営業は人それぞれ」でいい部分と、そうでない部分
話し方、間の取り方、関係の作り方は人によって違って当然です。そこを揃えようとすると、たいてい現場が反発します。
揃えるのは判断の基準だけです。
- いくらまでなら値引きしてよいか
- どの条件なら技術に相談するか
- どこで案件を諦めるか
- 何を確認しないまま見積を出してはいけないか
ここが揃っていないと、引き継ぎもできませんし、新しく入った人が独力で立ち上がることもできません(営業新人が立ち上がるまで)。私自身、いま営業組織で「人が独力で立ち上がる仕組み」の設計を担当していますが、効くのは常にこの部分です。話し方の研修より、判断の基準を1枚にするほうが速く効きます。
まとめ
- 営業で属人化しているのは話し方ではなく判断。トークスクリプトでは解決しない。
- 書くのは5つ:顧客ごとの経緯/見積前の確認項目/技術へ相談する条件/断られ方と次の動き/提案の型。
- 時間がないときは、見積前の確認項目から。1枚の質問票にする。
- 顧客の経緯が残っていると、担当が変わっても信頼が切れない。引き継ぎのうまさは攻めにもなる。
- 揃えるのは判断の基準だけでよい。話し方まで揃えようとすると現場が止まる。