渡されたのは、顧客リスト一枚だけだった

水処理装置を販売する会社に入ったとき、引き継ぎ資料はほとんどありませんでした。渡されたのは顧客の一覧だけ。「この会社に、何年か前に、たぶんこの装置を納めた」——その程度の情報しかありません。

どの装置を、いつ、どういう経緯で納入したのか。過去にどんなトラブルがあって、どう対応したのか。記録として残っているものは分厚いファイルや図面が中心で、そこから状況を読み解くのは簡単ではありませんでした。

トラブルは、いつもひとりで

それでも現場には出なければなりません。装置のトラブルが起きれば「行ってこい」と送り出される。ところが、いざ困って上司に電話をしても、つながらない。その案件の経緯は、上司も把握していない。結局、その場でひとりで解決するしかない、という場面が何度もありました。

ベテランがいたとしても、状況は大きく変わりませんでした。その顧客に過去どんな経緯があり、これまで何をしてきて、どうすればトラブルが直るのか——それらは誰かの記憶の中にしかなく、結局はお客さま自身から教えてもらうこともありました。

現場で多いのは、水漏れや、装置のショート(電気系)のエラーです。私自身は、漏水を止め、500ページ近い装置の説明書を読み込んで、なんとか乗り切りました。正直に言えば、ひとりで、根性で乗り切ったようなものです。ただ、これは仕組みではありません。たまたま私が耐えられただけで、同じことを次の人に求めるのは無理がある。実際、こうした環境では人も定着しづらいものです。

「属人化」とは、判断が人の頭にしかない状態のこと

このとき痛感したのは、営業の属人化とは「担当者が忙しい」という話ではない、ということです。

  • その顧客がこれまで何を求めてきたか(経緯)
  • トラブルのときにどこを見て、何をすれば直るか(判断)
  • いつ、いくつ、どんな見積を出すべきか(商談の段取り)

こうした判断の材料が、担当者の頭の中にしか無い。だから、その人が辞めたり、休んだり、連絡がつかなかったりした瞬間に、会社は同じ品質で対応できなくなる。これが属人化の正体でした。

次の人のために、私がやった3つのこと

担当(アカウント)を任され、「来年も新しい人が入る」と聞いたとき、同じ思いを次の人にさせたくないと考えました。やったことは、大きく3つです。

  1. 顧客ごとに、経緯と対応の履歴を残す:その顧客に過去どんなトラブルがあり、どう対応したのかを、細かく記録して保管しました。次に何かあったとき、ゼロから調べ直さずに済むようにするためです。
  2. よくあるトラブルをパターン化する:現場で繰り返し起きるトラブルを整理し、「このエラーが出たら、まずここを見る/こう対応する」という形にまとめました。経験の浅い人でも、同じ手順で一次対応できるようにするためです。
  3. 見積の段取りを、顧客ごとにまとめる:顧客によって、必要な見積の本数や、予算がつく時期は違います。そこで「いつ、いくつ、どのタイミングで見積を出すか」を顧客ごとに一覧にしました。

結果:迷わず引き継げて、信頼が仕事につながった

この3つを整えたことで、担当顧客を引き継ぐときに、後任が迷うことがなくなりました。出すべき見積を忘れることもない。経緯も対応履歴も残っているので、引き継ぎそのものが円滑になりました。

そして何より、お客さまの反応が変わりました。「ちゃんと分かってくれている」と感じてもらえたことで、追加の仕事や、別のお客さまの紹介につながっていったのです。属人化を解消することは、守りだけでなく、信頼を通じて仕事を増やすことにもつながる——そう実感しました。

まとめ

  • 営業の属人化は「担当者が忙しい」ことではなく、経緯・判断・段取りが人の頭にしかない状態のこと。
  • 担当者が抜けた瞬間に品質が落ち、トラブル対応も引き継ぎも止まる。
  • 「顧客ごとの経緯」「トラブルのパターン化」「見積の段取り」を残すだけで、次の人が迷わず動ける。
  • 属人化の解消は、守りだけでなく、信頼と紹介という攻めにもつながる。